H歯科衛生士は訪問診療専属の歯科衛生士です。口腔ケアを中心に、歯科医師の診療補助、訪問前後の準備・片付けなどを担って丸3年。入職してから1年余りはほかの歯科衛生士と同様に院内で予防に取り組んでいましたが、訪問診療部門に欠員が出たのを機に異動しました。いまではすっかりこの仕事になじんだそうで、「患者さんにリラックスしていただける環境をつくりながらゆっくり対応できるところが自分に向いていますし、やりがいを感じています」と話します。
H歯科衛生士によれば、外来診療と訪問診療にはいくつかの違いがあります。「基本的には、患者さんが来院されるのを待つのではなく、こちらから患者さんの生活の場に出向くので、個々の状況に合わせて柔軟に対応する必要があります。例えば、患者さんがベッドに横になった姿勢のまま口腔ケアを行う場合は、体勢の工夫が必要です。また、病気や障がいによって言葉が出ない患者さんの場合は、いつも以上に細心の注意をはらって患者さんを観察し、何を訴えておられるのかを感じ取ります。聴力の弱い方には耳元で大きな声で語りかけ、認知症の症状などで患者さんが暴れてしまうときは、お声かけしながらしっかり体をおさえます。とにかく患者さんのペースに合わせること、いろいろな方法でコミュニケーションをとることを心がけています」と現場での様子を紹介します。
訪問診療専属になってさまざまな高齢患者さんに接するようになったことで「自分自身も変化したことを感じています」とH歯科衛生士は言います。その1つは、大きな声ではっきりと話すせるになったこと。患者さんに聞こえるように話そうとしているうちに声にはりが出てきたというのです。また、高齢者の話を聞くのも得意になりました。「不思議なことに、若い頃はゆっくり向き合うことがほとんどなかった実父の話も、優しい気持ちで聞くことができるようになりました。おかげで以前よりも仲が良くなりました」と笑顔で話します。
もう1つ、歯科医院に来院できない人たちの厳しい現実を知ったことも貴重な体験でした。「歯みがきができることも、食事ができることも当たり前ではないのだと知りました。それでも、少しでもその人らしい生活を取り戻していただけるように、これからも歯科衛生士としてお手伝いできたらと思っています」と、懸命に生きる高齢者たちを温かく見守ります。
コロナ禍では、多くの高齢者施設が訪問不可になったこともあり、通常業務はかなり減りましたが、その分、訪問診療に関するスタッフ向けのマニュアルや、実習生向けの資料づくりに力を入れました。今後は、「まだまだ苦手」という後輩や実習生への指導を、もっとうまくできるようになること、歯科疾患や診療報酬に関する知識をつけることを目標にしています。
これまで勤務した中で最も長く続いているのがベル歯科医院というH歯科衛生士は、その理由を、「予防を重視する姿勢に心から共感しているから」と話します。求職中の人には、そうした方針や理念が自分に合うかどうかを十分考えてから就職先を決めることを勧めます。
2020年12月インタビュー